演るなら演らねばっ!
第004話 「プレイスタイル」
原案・文 antipas group
協賛 ポピュラーミュージック普及推進委員会
「ドラミングか?キースムーンスタイルで叩かせたら、俺の右に出るものはいないぜ」 byキースムーン
人にはそれぞれ性格や外見の違いがある。もちろん趣味趣向の違いも。
一昔前にテレビで、服装などを見ればその人の趣味や性格がわかるというスタイリストを見たが、それももっともな事で、たとえば小奇麗にしている人は小奇麗な身なりになるだろうし、大雑把な身なりの人は大雑把な性格に自ずとなってくるものである。
楽器も同じことで、プレイヤーの音楽的趣向は演奏法や機材、その人の身なりにまで現れてくるものである。これをプレイスタイルという。
奏者は自分の道を追及せんとするならば、オリジナルのプレイスタイルの確立は避けては通れない。世にはプレイスタイルを無理やり確立せんとする者や、人がすでに確立したプレイスタイルを模倣するような者も決して少なくはない。プレイスタイルというのは本人の性格や趣向からにじみ出てくるもので、自ずと出来上がってくるものなのである。一見演奏とは関係が無い、人生経験や音楽遍歴、本人の性格、好き嫌いなどがその者のプレイスタイルを構築するのである。皆も音を聴く時、奏者がどのような人間であるかを感じるては如何だろうか。
「へー、あの桂木がねぇ」
「まぁ、贔屓にしてくださいということですわ。こっちが得な話には変わりないのですから、何か楽器を買うようなことがあったら彼を通さないと…彼も割に合いませんわ」
「…つっても、俺金ねーし…普段から何も買わないからなぁ」
「これを機に弦を定期的に交換して下さいまし」
喋っているのはヨミと白猫であった。白猫は下校途中にヨミとみやちの学校によるというのが、ハニートラップの平日の日課になっている。みやちは屋上の手すりを背にしてベンベンと生音で手に入れたばかりのベースを弾いていた。手に入れたばかりだからといってピカピカの状態ではない。彼女は先日、桂木という(白猫いわく)胡散臭い商売人から七十四年製のジャズベ(FENDER USA)を八万円という破格で手に入れた。もちろん、ネック折れやねじれなどがある不良品ではなく、しっかりと弾ける逸品である。
「あいつ、俺にはなんにもまけてくれないくせになー。やっぱルックスがいいヤツは得だよな」
「あなたもちゃんとすればそれなりには見えますわよ」
言って、白猫は桂木が自分にもまけたことがないことを思い出し、しかめっ面をした。
「まけてくれたんじゃなくてさ、出世払いなんだから。…頑張って出世しなきゃ」
みやちはフレットをなぞる指から目を離さずに言った。ベースを手に入れて三日目。さすがにまだ飽きてはおらず、毎日数時間は弾いていた。
「あら、威勢はよろしいですのね。意気込みは買いますわよ」
白猫はにっこり笑ってみやちに愛想を振りまいた。みやちは二人と出会って間がない。まだみやちと二人の間には気まずい空気が流れることが多々あった。お互いがお互いに気を使って時がしぎることが多くあった。
「…それでさ、二人にお願いがあるんだ…」
みやちはベースを弾くのをやめて、拝むように手をパンと合わせた。もちろん、視線はヨミと白猫に移している。
「…誰か先生を紹介してくれないかな??」
「私みたいなド初心者にも気長に教えてくれる人」
みやちは先日のベース購入の時にやはり上級者についていって物事を進めるのが良いと、強くそう思ったのである。右も左もわからない楽器の世界の中にいて、高田仙人のような上級者の話を聞くと「ああ、そうなんだ」「だから、これってこうなってるんだ」と、納得や腑に落ちるという感覚が身に起こる。みやちはそれを気持ちよく思って演奏の世界も誰かに案内してもらおうと目論んだのだった。
「先生??そうですわね…この界隈で上手いベーシストと言うと……サダマルさんは如何でしょう?」
ニンマリと嫌味な笑みを浮かべて白猫はヨミを見ながら言った。
「ダメダメふざけんなって…白猫、お前わかってて言ってんだろ。……ベースつったらキョーコ先生がいるじゃんか」
「キョーコ先生はみやちさんには厳しすぎますわ。あの方は初心者に物を教えられるような方ではありませんわ。……うーん、ペケ子さんはいかがでしょう?
「エレメンツの??俺あんま面識無いんだよなーあの人らよくわかんないし年上だし。……ビョルンはどうだ?」
「…勘弁してくださいまし。あんな低俗お下劣バンド、極力関わりあいになりたくないですわ。……らららさんはどうです?」
「クセが強すぎるよ。……あ、お姉ちゃんがいるじゃんか!」
「あ、そうでした。お姉さま…灯台下暗しとはこのことですわ」
ぽんと白猫が手のひらを打つと、ヨミはスクと立ち上がった。
「善は急げだ!お店に行こうっ」
言うが早く、ヨミは二人の手を引いて学校の屋上を後にした。
「お姉ちゃんって誰??」
駆けながらの道中みやちが息をつきながら質問する。
「俺のお姉ちゃんだよっ」
ヨミはそう言うが、彼女に家族はいない。ヨミは孤児院出身で、現在は中華料理屋で住み込みのアルバイトと並行して学校に通っている。お姉ちゃんというのは、同じく住み込みで働いている通称シャンプーと呼ばれる女性のことで、ヨミは先輩でもあり年上でもある彼女をお姉ちゃんと呼んで慕っている。もちろん、音楽に関しては筋金入りで、白猫とも顔見知りである。ちなみに前回登場した兄というのは、孤児院で一緒だった者のことで、血縁関係にあるかどうかは定かではない。
「お姉ちゃんっ!」
「なにかいきなり。ノックくらいするよろし」
ヨミやシャンプー嬢の自宅となる中華料理店「玉響」の奥にある、一般家屋の部屋のふすまを勢いよく開けるとそこには、人民服の娘がじゃがりこ片手に気だるそうに横になってテレビを観ていた。画面をよく見ると、故ポールグレイの教則DVDである。この辺りで彼女のプレイスタイルがわかって頂けるであろうか。
「なぁなぁ、こいつにベースを基礎から教えてやってくんねぇか!?」
そう言うや否や、みやちの服の裾を引っ張って、後ろでモジモジしていたみやちを前に出す。
「は、は、初めましてっ!みみ、宮嶋千佳と言いますっベース教えて下さいお願いしますっ」
シャンプー嬢は眉を寄せて「???」となってたが、交渉の末に夜勤(玉響は二十四時間営業)五回交代で手を打った。
シャンプー嬢の愛器はIbanezのSR-1305、KORNのベーシストのフィールディーの使用でよく知られる器であるが、彼女は彼に憧れてこのベースを手にしていた。奏法もKORN初期のフィールディーとよく似ているが、彼女はサム主体のスラップで、カチカチとした音程がよくわからないパーカッシブなサウンドを得意としている。
「なぁなぁ、何か弾いて見せてよー」
十近く年下の少女達の熱望する眼差しに負けたのか、
「わかたわかた。わかたが…あまり期待してもらても困るね」
そう言って、マメ型のベースPODXTにシールドを挿して、パワードのモニタースピーカーをオンにした。そうして、いくらか適当に演奏する。彼女は決して上手いプレイヤーではないが、小学校低学年の頃よりベースを手にしており、演奏歴は十五年ほどある。うら若き女子高生を感動させるには十分な腕前を持っていた。
「こんな感じあるな」
シャンプー嬢は照れくさかったのか、顔を真っ赤にしながら頭をかいた。ヨミや白猫はステージでもオフでも彼女の演奏を観ているので、「やっぱすげぇや」程度のリアクションであったが、みやちはいたく感動したようで、両手を組んで目をキラッキラッさせてシャンプー嬢を見ていた。
「で、…何教えて欲しいか?」
「今の…今の教えて下さいッ!」
「一寸待。こんなもの真似してもどうしようもないぞ」
「え…でも格好いいじゃないですか」
シャンプー嬢は少し息を吸うと、少し声を大きくしてみやちに言った。
「…楽器の演奏に至てはオリジナリティというものが何より大切になるある。人真似というのは大概なところにしないと楽器の一番面白いところ見逃すね。とりあえず私の真似などせずに、運指練習するよろし」
そう言って、彼女はみやちに小型メトロノームを放ってよこした。一ニ三四と順番にフレットを各指で、メトロノームに合わせてなぞっていく練習だが、当然ながらみやちに上手くできるはずも無い。みやちは素直に与えられた課題を、自分のジャズベでやりだした。
「楽器の一番面白いところってなんですの??」
白猫の問いにシャンプー嬢は、少し苦笑いするように答える。
「楽器の一番面白いのは、好き勝手していいてところね。何をやても自由、どう弾いてもOK。好きにやてもいいのに人真似するなんて馬鹿げてる話あるな」
もちろん、ロックやポピュラーミュージックなどの話であるが、実はクラシックも行くところまで行けば、この考え方はけして異端というわけではない。
「オリジナリティが大切ってわけだな!」
その点ではヨミは優秀である。彼女は古いスタンダードなパンクソングをいくらかコピーした以外は、サウンドはおろかフレーズのコピーも行わなかった。当たり前だが、フレーズやサウンドのコピーそのものは非常に有効な練習手段である。しかし、フレーズやコード進行を盗んで作曲したり、憧れている誰かそのものになろうとしたりするのは、シャンプー嬢の言うとおり、一番面白いところを逃している行為だと言えよう。
「コピーと人真似は違いますものね。ふむふむ、勉強になりますわー」
「そういうわけね」
「やっぱお姉ちゃんはすげーや!」
冷や汗を垂らしながらも、シャンプー嬢は鼻高々になった。どうやら教師気分もいいものらしい。これならばしばらくはみやちの教師も務まるだろうというくらいに、シャンプー嬢は得意気に腕を組んだ。
「あのなシャンプー。お前のプレイスタイルってな、ほとんどフィールディーじゃないか。お前はあのバンドにいて、他のメンツがKORNとは違う音やフレーズを出してるから…その中だからこそ、お前もいい味出せてるんだ。そりゃバンドにいるうちはいいさ。でも外に出たらお前はただのフィールディーの模倣者に過ぎないんだぜ。自分の好き勝手できるってところがロックの醍醐味じゃないか。人が通って整地された道でその人の後尾けてくようなんじゃ、音を楽しんでるうちにゃ入らないぜ。十五年もやってんだったら自分のプレイスタイル出してもいい頃だと思うぜ」
以上は、キョーコ先生からシャンプー嬢が、ある日のライブ終了後に生ビール片手に述べられたお説教である。歯に衣着せない物言いでズバリと現実を言い渡す真剣名刀のような性格のキョーコ先生は、シャンプー嬢のプレイの弱点を一刀両断し、彼女にプレイスタイルの確立の重要性を意識させた。そこそこにバンドは成功し、優れた音源をレコーディングし、それなりの評価を得初めていた彼女にとっては鼻っ柱をへし折られたような形であったが、自分でも思い当たる節があることにムキになって反論するほど若造ではなかった。
(なんかこれでわたしも後に退けなくなた感じではないか。気合入れねばならないね…)
シャンプー嬢にも自らの器楽演奏の先に野望がある。KORNはおろかフィールディーのことを知る由も無い、金無垢のような無邪気な笑顔ではしゃぐ女子高生を前にして、彼女達に教えることで自分も伸びてやると思ったのだった。
(でもでもなんか嘘をついたようで非常に後ろめたいのだが…)
「歴が長くなるにつれて、プレイに変化が現れてきた。先輩達の影響からどんどん離れていくような気がしてる。今でも僕の中にヒーローは確かにいる。でも、最近は彼らの影響が僕のプレイにあまり反映されないようになってきた」とは、「stadium arcadium」発表時のジョン・フルシアンテの言葉であるが、これはプレイスタイルの確立の経緯を如実に物語っている。誰しも最初は憧れのプレイヤーがいて、その人のようにならんと摸倣する。それはなんらおかしなことではない。しかし、演奏を繰り返すうちに憧れは残しつつも、自分の演奏が一人歩きする時期がやってくる。
やがて気付くとプレイスタイルは確立されているというわけだ。シャンプー嬢のような歴は長いがスタイルを確立できていない者というのは、個人的には往々にして少なくはないと感じている。
けしてコピーも真似も止める必要があるというわけではない。スタイルは勝手に確立する(少々の意識改革があればなお良いが)。焦らずにじっくりと取り組んで欲しい。
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